掲載記事は シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。
29) 企業リスクマネジメント 第19話 ~原因論から機会論へ~
私は、子供を取り巻く環境に関する様々なセミナーに出席する機会があり、先日、大変興味深い話を聞いた。日本の犯罪学の第一人者である立正大学犯罪社会学の小宮信夫教授による子供の安全のための地域安全マップの有効性の話で、「犯罪の原因論から機会論へ」と考え方を変えることにより、いかに犯罪に遭遇することを回避するかという実践的なお話であった。この場を借りて簡単に紹介したい。
かつて言われてきた「安全と水はただである」と信じている日本人はもはやいないと思うが、その歴史と風土が起因しているのか、なかなか犯罪を防止するための理論的実践がなされていないのが現実である。その証拠に子供たちを狙った痛ましい事故が後を絶たず、犯罪増加率が欧米を上回っている。被害者をだした地域では、父兄が学校までの送迎や集団登下校をし、再び被害者をださないよう不審者を警戒する。犯罪者を捕まえ「本格的な動機を追及する」と警察は述べるが、そういう犯罪者心理を分析することが仕事ではなく、法の執行が仕事であり検挙に勝る防犯なしとしている。
学校では子供たちに「不審者に注意しましょう」と指導し、不審者は誰かと聞くと、怪しい人、変な人、マスクしている人、サングラスをしている人と人の特徴をあげる。これでは人を信用するなという教育になる。また、知的障害者、外国人、ホームレスといった集団までも不審者呼ばわりされ、私達は差別的な扱いをしている場合がある。
そもそもこのような人や集団の特徴で不審者を見極めること自体が無理な話で、これでは子供たちは大人不信に陥ってしまう。最近では知らない人から声をかけられたら無視するよう教育しているからか、近所のおばさんに「おはよう」とあいさつされても無視する子が増えている。子供は大人を信用しなくなり、大人との距離がさらに広がる。ここが犯罪者の狙い目であり、不審者・犯罪者といった「人」に注目するこの「犯罪原因論」では、町に不安ばかりが残り地域社会の崩壊につながってしまう。
さて、犯罪防止を理論的に考える欧米では、犯罪者(人)には注目せず、場所に注目すると言う。これが「犯罪機会論」である。犯罪者が罪を犯す時は場所を選ぶらしい。条件は「入りやすく」「見えにくい」。入りやすいので怪しまれず、逃げやすく、また犯行が見えにくいのが好条件であるからだ。例えば、日本の公園は入口に柵がなく(入りやすい)、マンションやうっそうと茂った草木のような障害物で見えにくい状態であるのに対し、イギリスの公園は鉄の柵で公園を囲み入りにくく、かつ見えやすくし、障害物もなく監視性が高い設計になっている。
また遊戯物を派手な色にするなど、近づき難いものになっている。通学路や店、駐車場なども同じ条件で「入りやすく」「みえにくい」が整えば、犯罪はその場所で起こる確率が高いという。これまでの犯罪現場において、共通条件がそろっていたわけだからこれは理論的に正しいと評価できるのである。また「割れ窓理論」の成立する場所でも犯罪は起こる。例えば、割れた窓ガラスがいつまでもそのままの場所、ゴミが捨てられている場所、不法投棄、落書きがある場所等、町が無関心で秩序が保たれていない場所は、犯罪者にとって好条件ということだ。なぜなら人の視線がないからである。
このように犯罪者の心理を理解し「人」から「場所」へ視点を変え具体的に防犯実践できる理論は、大変素晴らしく理解しやすい。この「入りやすく、見えにくい」を注意しながら子供たちが町を歩き、自分で安全マップを作っていく過程で危険を予知する能力や危険性を判断する能力も育っていく。その能力は住む環境が変わっても活かされるだろう。
私はこの話を聞きながら、どこか製品安全や経営のためのリスクアセスメントの考え方、「人は間違いを犯す」にダブらせて聞き入った。原因論から機会論へ、この発想は製品設計や企業経営に活かせるかもしれない。
小宮先生のウェブページ<http://www.ris.ac.jp/komiya/>
(06年10月25日掲載記事)
