掲載記事は シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。
7) リスクの推定…日本メーカーの弁慶の泣きどころ
【リスクアセスメント実践編:ステップ4】
私はよく車を運転する。たいした距離ではないが、飛行機事故よりははるかに、事故率、致死率が高いのは周知のことである。だから、リスクヘッジとして車両保険や生命保険に入り、相手への賠償や自分が死んだ時の家族への保証を保険金を掛け、お金で解決する手段をとる。自分に万が一のことがあった場合、我が子の進学や、家、家族の将来への想いといった個人的な事柄以外に、特に経営者や管理者の場合は、後継者、業務の継続方針、方法など、その立場によって生前の想いが多分にあるであろう。しかしそれを現役時代から遺言のような形で書面に記し有効化させ、周りに伝えておくというリスク管理をしている人は恐らく少ないであろう。
先日、まだ若手でバリバリの経営者が、自分の万が一に備えて、後継者を選別している光景に遭遇した。彼には万が一に備えた将来の会社経営を考えて、人物、経営能力などを判断したい想いがあったようだ。一般的に、後継者探しは引退直前に行われる行為だが、天災、事故、突然死、いつ何時不幸が訪れるか神のみぞ知ることであり、年齢に関係なく誰にでも降りかかるものであるから、後継者探しの時期は経営者のリスク管理意識に依存するといえる。社会的責任を背負う経営者・管理者たるものは、究極の事態を常に考えて行動しなければならないことを再認識し、この若手社長に敬意を表したものだった。
事故の起こる確率について冒頭に述べたが、では自分(製造者の経営者)が交通事故に遭って回復不能な重大な状態、あるいは死亡する確率と、自分の製品(製造物)が事故を起こして、作業者や、自分のあるいは相手方の財産、環境に対し、重大な状態を引き起こす、または死亡させてしまう確率と重大さはどちらが大きいだろうか?
リスクとは、その発生確率と重大さの程度の組み合わせである。かつてリスクは単純に重大さと確率の掛け算と考えられていたが、数学的に見るとめったに起こらないが起きてしまうと重大であるリスク値と、頻繁に起こるが重大でないものと、答えが同じになってしまう。さらには、計り知れない危害を想定し、無に近い発生確率を要求すれば、極端な大きな数と極端な小さな数、いわば無限とゼロの掛け算になり現実的なリスク評価につなげることができない。よってその精度を向上させるためリスク推定要素の組み合わせ(cmbination)で査定する方法が確立されたと聞いている。推定にはいくつか要素があり、防護する対象が人(人命)か否か、人の場合、健康上の傷害の程度は完全回復が可能か否か、または死に至らしめるか、人がハザードにさらされる頻度、時間、範囲(人数)、ハザードが起こる確率、ハザードを回避する可能性の有無などが主である。
これらはISO14121やISO14971に書かれている共通した要素だが、安全観点以外でも、会社独自で重大さや防護したい範囲を決定すればよい。例えば、ハザード発生は技術的側面もさることながら、人為的要因からも起こるものであり、何らかの人為的要因で稼働が1日止まっただけで数億円の損害をもたらすのであれば経営側からみた重大なリスクであろう。使用されている安全部品が適切であるか、適切であれば代替安全対策と比較して技術的、操作的、経済的に勝っているものか、最終的にxxメーカーのyy型番が妥当か否かを的確に判断することはある意味では人為的要因であり、セーフティデバイスの選定はれっきとしたリスク査定の線上の行為である。自動車事故対応のように、保険による対応も方策のひとつであろうが、あくまでも多面的なリスク査定があってのことである。その意味でリスク対応感覚は欧米に比べ日本はまだまだ乏しい。日本人は欧米に比べ生命保険の加入率が非常に高いといわれるのは、このことと無関係ではなさそうである。
(04年10月27日掲載記事)
